すみだ川を通じて本所深川と結ばれた向島界隈は、本所深川と同様いたるところに江戸の面影を残し興味の尽きないスポットです。
木母寺(梅若塚)もその一つで、梅若供養のため平安中期に創建されたと伝えられ、謡曲「隅田川」を始まりに、江戸時代には沢山の芝居や音曲になった梅若伝説の中心に位置するお寺です。
平安時代の春3月15日、すみだ川の畔で息絶えてしまった梅若ですが、千年を経た平成20年の春3月22日に「梅若伝説」にまつわる講演を「梅若橋コミュニティ会館」で開催しました。

当日は桜の開花宣言と重なりふっくらとした桜のつぼみが今にもはじけそうでした。
梅若幻想を育んだミステリーを解こうと集まった多くの方々にとっては、そのいくつが解けたでしょうか。

戸張理事の司会でスタートしました。

関戸理事長から講師の文化人類学者の川田さんが紹介されました。川田さんはNPO本所深川の会員でもあります。

川田さんは、1934年深川高橋でお生まれになりました。
先祖は4代本所、4代深川という、NPO本所深川にぴったしの方です。

小名木川を舞台にした近著『母の声、川の匂い』(筑摩書房)でご存知の方も多いと思いますが、実は文化人類学、特にアフリカを対象とする研究がご専門で、フランス政府より文化功労章を受章するなど世界的に高名な方です。

東京大学教養学部卒、パリ大学博士。
東京外国語大学教授、広島市立大学国際学部教授を経て、現在は神奈川大学日本常民文化研究所客員研究員としてご活躍です。
<先生から提示された謎の一部>

□梅若はなぜ、すみだ川東岸で死んだのか
(梅若の母である妙亀尼の墓は西岸)?
□梅若の母とは何者か?
□梅若はなぜ、旧暦3月15日に死んだのか?
□穀雨、稚児供養、花鎮めの祭、桜、柳との関係は?


・・講演終了後、木母寺まで散策しました。・・
□すみだ川になぜ都鳥?
□梅若と母の母子関係、世阿弥と元雅の父子関係とは?


・・『母の声、川の匂い』を読んだ私には、梅若母子が「川田先生母子」に自然に重なり・・
□死と再生、旱魃・疫病と豊穣との関係は?

・・人類学の視点が随処にちりばめられ・・・
□そして、すみだ川の水はナイル川に通じているのです!


・・以上で先生の講義が終了しました。どうでした?
まったく新しい梅若幻想がすみだ川の堤に見えたでしょう?
・・
川田先生は、本所深川、向島のあたりを題材にした「もうひとつの日本への旅」というエッセーを「望星」という雑誌に連載中です。