NPO本所深川の新理事長であり、生粋の深川っ子で、そして川の専門家である宮村先生とともに、平成20年7月2日(水)、荒川・隅田川を船でめぐりました。

東京水辺ライン「浜町船着場」を午前10時に出発、隅田川を上流に向かって進み、岩淵水門で下船、「荒川知水資料館アモア」と「新旧岩淵水門」を見学しました。

昼食後、今度は荒川を下り「荒川ロックゲート」で再度下船し見学、砂町南運河、東京湾沿岸を経て、隅田川を上り浜町船着場に午後4時に到着しました。

防災という観点でも、本所深川と荒川・隅田川は切り離せない関係にあることを納得した一日でした。

浜町船着場に集合した会員を前に、難波副理事長が次のように挨拶。

「今回の事業は、本所深川会員が宮村新理事長との懇親を深めながら、荒川・隅田川が本所深川と切り離せない関係にあることを学ぶことを目的にしています」

その後、宮村忠理事長から行程の見所とガイドさんの紹介があり、

総勢20数名のラッキーな会員が、快適な船旅を約束してくれる荒川号に乗り込みます
船内では要所要所で宮村先生自らガイドしてくれました。
荒川号の外観です。
私たちは、Dの岩淵船着場で下船、J旧岩淵水門、荒川知水資料館、R草刈の碑などを見学しました。

Kは新岩淵水門で、下流は隅田川になります。
台風による洪水などの際、水門を閉めることにより隅田川下流域を守ってくれる大変重要な水門です。


対岸は埼玉県の川口地区スーパー堤防です。
旧岩淵水門です。この先に新岩淵水門があります。
荒川知水資料館アモアでは、甲武信ケ岳を源流とする荒川全般について学びました。

あばれ川である荒川と隅田川が一緒に、現在の隅田川の位置を流れていたのは、わずか75年前のことです。
20年の歳月をかけ隅田川のバイパスともいえる荒川放水路(現在荒川と呼んでいます)が完成しました。
荒川放水路の建設工事を指揮した青山士(あおやま あきら)は、パナマ運河建設に携わった唯一の日本人であり、内村鑑三の影響を受け「人類ノ為メ國ノ為メ」にすぐれた業績を残しただけでなく、作業員にも尊敬された方でした。
この旧岩淵水門は、平成18年に「東京都選定歴史的建造物」として指定されています。
私たちになじみの深い清澄庭園の「涼亭」も指定されています。

上部の赤色の塗料から「赤水門」とも呼ばれていますが、逆の方向からみると、この写真のとおり、とてもデザイン性にすぐれた構造物であることがおわかりでしょうか。
老朽化と最大2mに及ぶ地盤沈下などにより、現在は新岩淵水門にその役割を引き渡しています。
さて、左の地図の上部、荒川と隅田川が交わる岩淵水門を後にして、右側の大きな人工河川である荒川を一気に下ります。
左図の左下にある小松川リバーステーションに着き、荒川ロックゲート(閘門)を見学しました。
荒川から旧中川へ向かうときは、このゲートをくぐります。
今回は旧中川へゲートを往復しました。
ロックゲートに入りつつある荒川号です。
ゲートとゲートの中の状態です。この中に船が入り、水位を旧中川と同じにしてから、旧中川へ進みます。
当日はご覧のように約2mの水位差がありました。
最大では何と3.1mだそうです。
荒川に戻りJR京葉線の鉄橋をくぐり、砂町南運河(新木場と若洲の間)を抜け、中央防波堤と青海コンテナ埠頭の間を走り、右に曲がるとレインボーブリッジが見えてきました。

この後は、見慣れた隅田川の景観が続きます。
出発地点の浜町船着場に到着し約6時間の船旅が無事終わりました。


船長さん、船員の皆さん、ガイドさん、荒川下流河川事務所の皆さんありがとうございました。